SNSを世論視する政治家

政権の異常な強気姿勢 学術会議と民意

学術会議任命の拒否

政府による学術会議の任命拒否が問題になっている。参照wikipediaこちらだ。 2020-10-01に問題が発覚し、この記事を書いている11月上旬でも問題は続いている。任命を拒否したことについて、学問の自由からの論点、また法解釈の論点から問題点を指摘されている。その問題点に関して様々な論者が論じているのでそちらを参考にしてほしい。私も学術会議の件は政権に問題があると感じている。しかし一方私が興味をもったのは政権の異様な強気だ。

菅政権の異様な強気

現在でも、任命拒否の問題について、連日マスメディアで盛んに報道されている。30年も前であったなら、政府は即座に撤回し任命から漏れた6名を追加で任命していただろう。しかし政府は任命拒否の姿勢を貫いている。この強気はどこから来るのか、私が考えた仮説は、メディア環境の変化(SNS,Youtube等の隆盛)と世論モニタリングの複線化の2つの要因が大きいというものだ。

メディア環境の変化と世論モニタリングの変化

政治家が恐れるもの

学術会議で任命拒否に反対する学者たちは、学問の自由の侵害だと言った。それはとても正しい主張だ。しかしその主張は政治家(特に与党政治家)には届かない。なぜなら彼らが恐れるのは「落選」であり、学問の自由の侵害ではないから。つまり「学問の自由を侵害する政治家は問題だと有権者が感じ、政治家を落選させること」以外は怖くないのだ。

政治家が学者を恐れていたい時代

政治家が学者を恐れていた時代があった。

志垣民郎の内閣調査室秘録という書籍がある*1。日本の諜報機関と目される内閣調査室が何をしていたか、内閣調査室に属していた志垣が記述している。内閣調査室の使命は、日本の共産化を防ぐことだった。そのため有望な学者を懐柔して共産主義者にならないように工作をした。つまり学者が世論をリードして有権者共産主義政権を選ぶことを恐れた。もし政府が学者に有権者に対して影響力がないと考えていたならこのような懐柔工作はやらなかったはずだ。*2

メディア環境の変化

インターネットの普及そして、SNSの隆盛によって有権者を取り巻くメディア環境は変わった。昭和の政治家は、新聞・テレビなどのマスメディアを世論と見なしていた。メディアが取り上げると有権者はそれに影響を受け、政治家の当落に影響を与えると考えた。

図にすれば以下のようになる。政治的言論空間がある。メディアや学者が問題視する。有権者はそれに影響を受け、選挙時に投票を通して政治家の当落を決定する。 政治家は落選が嫌なので、メディアや学者が問題視する政策は撤回してとりあえずは問題視されないようにする。

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昭和の政治言論空間

つまり昭和に政治家が考えた世論形成モデルはシンプルだ。メディアによる取り扱い紙面量や放送時間が有権者に影響を与えそのまま世論を決定するというモデルだった。だからメディアによる取り扱い紙面に最新の注意を払った。世論調査もあったが集計に時間がかかるため民意をリアルタイムで測るのは難しかった。

自民党参議院議員世耕氏のNTTに勤務している時、広報として毎朝「新聞11紙をチェックして」NTTに関する記事を集め論調の分析をしたと書いている*3

つまり、新聞の「取り扱い紙面量と論調」が有権者(この場合は顧客)に影響を与え、投票行動(この場合は購買行動)に影響を与えるとというモデルだ。

政府や政治家は個々の政策に対して世論調査を行えないので各種マスメディアの論調を分析してそれを世論の代わりとしていた。

一方インターネットが普及しSNSが日常で使われるツールと化した令和の現在ではそのようなモデルは無効化した。

人々はマスメディアだけに影響を受けるわけでなはい。SNSYouTube等、有権者に影響を与えるメディアは多様化した。つまり昭和のように新聞11紙の論調をチェックすれば良いと言う時代ではなくなった。

図にすると次のようになる。

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令和の政治言論空間

SNSYoutubeによって人は気軽に他人の政治的意見に触れられ、また同じように気軽に政治的意見の発信出来るようになった。

この「気軽に発信出来るようになった」というのがポイントで、それを世論モニタリングに活用しようと考える人がでてきても不思議ではない。

世論モニタリングの複線化

先程、自民党の世耕議員が、NTT時代に新聞の論調を通じて世論の動向を見ると書いた。昭和時代、市井の人々がどう感じている収集することは簡単ではなかった(今でも「全て」の人がどう感じているか収集することは簡単ではない)。そのためテレビ、新聞などのマスメディアの取り扱い紙面量や放送時間またその論調をみて有権者がどのように考えるかをモニタリングするしかなかった。

しかしインターネットによって、不十分にしろ、有権者がどう考えているかモニタリング出来るようになった。 例えば、西田亮介の「メディアと自民党」によれば自民党本部に自民党本部T2ルームが有り、twiiter全般の分析、候補者アカウントの分析、または2ちゃんねるの分析を行っているという記述がある*4

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そして、ネットの分析を通じて政治家はマスメディアにある論調を有権者は必ずしもそのとおりに受け取らないし、そのまま影響を受け投票行動を行うわけではないと学習し始めた。 別に昔から有権者はマスメディアが言っている論調をそのまま受け止めたり影響を受けたわけではないがそれを低コストで表明する場所がなかったため、政治家はメディアの論調から有権者の考えを推測するしかなかった。

それなら、今までマスメディアの紙面から推測していた民意を、SNSのモニタリングを通して行っても良いのではないかと政治家は考え始めた。

無論SNSが世論をそのまま反映するとは思えない。SNS上の意見表明は世論とは異なるだろう。しかしそれはマスメディアの紙面やテレビの放送時間だって民意の反映ではない。

急いで付け加えるが、政治家はマスメディアを通じての世論調査を全くしなくなったというわけでは当然ない。マスディアの論調と並行して、SNS上でも分析も始めたのではないかと思っている。特に、マスメディアの熱心に取り上げるテーマと、SNSで受けているテーマのズレには注視しているのではないか?

SNSで世論をモニタリングする

政治家だったらどのような分析をするか?

例えば政治家がSNSを使って世論をモニタリングするとしたらどの様にするだろう?私は政党の関係者ではないので、実際にどの様に彼らが世論を分析しているかはわからない。けれども企業でデータ分析しているので、ここらへんはやっているだろうと想像で書く。

多分、分析するとしたら

などが挙げられる。

そのような分析をするだろうとシミュレーションしながら、学術会議騒動がSNS上でどのように騒がれたかを見てみる。

分析ソース

twitter社は開発者向けに全ツイートの一部をAPIとして公開している。その時間に流れるツイートの1%が取得できる。

つまりその件数の推移を調べればその話題がどのくらい盛り上がったかを調査できる。また、例えば学術会議の任命拒否に反対している人のプロフィールを見れば、どのような傾向の人が反対しているかを調査できる。

検察庁法案に比べて盛り上がらないSNS

下記の図が、10/01に学術会議が任命拒否にあった時からの学術会議に関する言及数の推移だ。twitter社のサンプリングデータを使っているため、言及数としては正確ではないが、時系列の推移は追うことが出来る。比較のため2020年5月に火がついた検察庁法案に関する言及数も合わせて乗せる。言及数の時系列の推移を見るため、学術会議は10/01を検察庁は5/9を起点に比較している。

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検察庁vs学術会議

学術会議は、検察庁の時と比較して、だいたいピークで5分の一の言及数で、その後徐々に言及数を減らしたまま来ている。10/26に国会が始まったがそれでも、再度盛り上がることはなくそのままだ。つまり連日のメディアの問題視とは異なり、SNS上では興味が薄れてきている。

不支持が拡大しない

次に学術会議の任命拒否問題でそれに反対している人を見てみる。twitterでは、tweetした人のプロフィールを見ることが出来る。例えば私のプロフィールはこちらだ。先程あげたtwitter社のリアルタイムのツイートサンプリングでは、あるツイートをしたユーザーのプロフィールを調べることが出来る。

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今回、学術会議を問題視した人たちは、#日本学術会議への人事介入に抗議する#日本学術会議会員任命拒否の撤回 というハッシュタグを使って抗議した。それではそのハッシュタグを使って反対を表明した人たちはどのような人たちだろうか?

過去、#スガやめろ#検察庁法改正案に抗議しますというハッシュタグを使った人たちと比較した。

比較方法は、プロフィールを単語で分割してよく使う単語100ワードを抜き出すというもの。

botの影響を避けるため、重複するプロフィールは一つにまとめた。

ハッシュダグと、集計期間、標本数は以下

検察庁問題 スガやめろ 日本学術会議
集計ハッシュタグ #検察庁法改正案に抗議します #スガやめろ OR #スガ政権の退陣を求めます #日本学術会議への人事介入に抗議する OR #日本学術会議会員任命拒否の撤回
集計期間 2020/04/01-2020/07/01 2020/08/01-2020/09/20 2020/10/01-2020/10/24
標本数 29,668 2,290 3,547

プロフィールは、KHCoderというツールを使って、プロフィールによく使われる単語を抜き出した。 それを比較したの資料はこちら。

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複数のハッシュタグに現れるワードをオレンジ色で塗りつぶした。 見てわかるように、多くのワードが一致している。つまり、同じ傾向を持った人が毎回抗議しているのではないか?という仮説が成り立つ。

例えば、検察庁、スガやめろ、学術会議で、政治、応援、反対、ブロック、原発、安倍、山本太郎など特定の政治思想を伺わせるワードが目立つ。

検察庁やスガやめろに関してはこちらの記事でもそのプロフィールを分析した。

shioshio3.hatenablog.com

政権としては、今まで政権を支持していた人が反対に回るのは怖い(落選するから)。しかしもともと反対だった人がそのまま反対なら支持率などに影響はないと考えるだろう(もともと票として数えていない)。 政権に対して「支持->不支持」になるのは問題だが、「不支持->不支持」のままなのでダメージはないと考えるだろう。

検察庁法案やスガやめろとtweetが多くても支持者が不支持者にならなければ、政権へのダメージになりづらい。こちらの記事でも、

その結果(調査の結果),(スガやめろとハッシュタグをつけてツイートした)ハッシュタググループの73.4%のアカウントは「#検察庁法改正案に反対します」に参加したアカウントであるということが分かりました. (カッコ部は著者補足)

とあるように、似た政治的傾向を持つグループがツイートをしていることが伺える。#検察庁 #スガやめろ #学術会議 のハッシュタグの運動は類似した政治的な意見をもったグループが行っており、そこから政権に対する不支持が広がってないのかもしれないと考えられる。

比較のため、twitterのサンプルストリームからランダムに取り出したら49,208人のプロフィールと比較したものがこちら。重複した項目はオレンジにしている。つまりこのランダムサンプリングと一致すればするほどSNS全体から学術会議問題に対して、SNS全体が反対していると言える。

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学術会議 比較のためのランダムサンプリングユーザー
集計期間 2020/10/01-2020/10/24 2020/08/01-2020/10/12
標本数 3,547 49,208

学術会議抗議ユーザーとランダムサンプリングユーザーを比較した場合、重複している項目もあるが、それぞれ片方しかない項目もある。 片方しか無い項目はある意味それぞれの特徴を表すと考えられる。

それぞれ片方しか無い言葉を抜き出すと

学術会議 ランダム
政治 推す
日本 ゲーム
反対 フォロバ
ブロック 描く
社会
映画
原発 気軽
平和 雑多
支持 腐る
新党 iKON

と言った言葉が目立つ。だいぶ傾向が異なる。そのため、SNS全体では学術会議問題に反対してないと考えることが出来る。

SNSで政治的な発言をする人は少数なので、与党支持者が反発したかどうかは調査できていない。今後の課題とする。 また、#日本学術会議への人事介入に抗議する などのハッシュタグを使わず、政権に批判的なツイートをする人たちもいるため、その網羅性も今後の課題だ。

世論調査ならSNSより正確では?

マスメディは世論調査を行う。世論調査は、世論を正確に反映していると考えられるので、SNSを使わずに世論調査を使ってモニタリングすれば良いでは無いかと考えるかもしれない。私も世論調査が正しいと考える。しかし政権はそう考えてない。 日経の記事世論調査で、政府の説明は不十分だと考えている人が70%いる。しかし政権は撤回しない。政権はこう考えているのではないか?確かに70%の人は説明が不十分だと思っているのは分かった。では明日選挙があるとして、彼らは「野党候補」に投票するか?何度も書くように与党政治家は当落しか考えない人たちだ。彼らは自分の当落に影響しないなら別に良いと考えている。そう考えないと政権が任命拒否を撤回せず、今でも政権運営をしている意味が分からない。

政権がメディアと学者の言うことを聞かなくなっている

昔テレ朝幹部の椿氏の発言によって、椿事件 が起こった。テレビは報道によって政権交代を促すことが出来るという趣旨の発言が、議員に問題視された(平成5年だ)。 しかしこれは裏を返せばテレビ報道は議員の当落に影響を与えることが出来たことを示している。

放送法に政治的な偏向報道を禁止する規定がある、そのため政治的に中立な報道しかテレビは出来ない。しかし仮に今、政権に批判的な報道をしたとしてテレビ局はどこまで政治家を落選させることが出来るだろうか?上に見たようにメディアは政治的な言論空間を完全には掌握できておらず、SNSやインターネットに侵略されている。人々はテレビを見なくなり、ネットで過ごすことが多くなっている。

先に挙げたように、政権(自民党)にとって恐ろしいのはマスメディアが正論を言うことではない。議員の当落に対する影響力をもっていることだ。もしその力が弱くなっているならマスメディアの言うことに従う義理はない。今回の学術会議の政権側の強気はこのような背景があると考えている。

変わる政治家、変わらないメディアと学者

この記事では、学術会議の騒動を元に、政治的な言論空間における勢力の変化を論じた。

昭和時代政治をめぐる言論空間は割とシンプルで、学者とマスメディアが言論空間を支配し、政治家もその取扱紙面の量や論調を世論と見なしていた。そのため長期間批判的な論調が続くなら世論が反発していると考えて政策の軌道修正をした。学術会議の問題が30年も前に起こっていれば、即座に撤回され6人の会員は任命されていただろう。

しかし令和時代、メディア環境は変化し、その影響をうけ政治をめぐる言論空間も変化した。ネットやSNSの隆盛に伴い、有権者に影響を与えるメディアの増加、そしてSNSやネットによる民意のモニタリングが可能になった。メディアの変化による政治家の変化に関しては、西田亮介の「情報武装する政治」に詳しい。彼は政治家の発信メディアの変化について主に論じたが、私はむしろ世論のモニタリングに興味をもってこの記事を書いている。

上に挙げたようにSNSでのモニタリングにより、ある政策に対して反応はどのくらいあるか?また属性はどのようなものかを知ることが出来るようになった。何度も繰り返すように、SNSは世論では無い。それでもSNSは政権にとっては、いつ反対が沈静化するか?不支持は広がっているか?をモニタリングし、政策を取り下げるかどうかを決めるためのツールになっているのではないか?

私は自民党員ではないので実際はどうか分からない。しかし一個人の私がtweetを集めて分析できるのだから政治家や政党もやっていると考えた方が良いだろう。西田は「メディアと自民党」の中で、自民党は広報機能を内製化したと述べているので、日常的にSNSの分析をしていてもおかしくはない(証拠はないが)。前述の本で、かって「世耕議員が世論の常時モニタリング態勢を求めながら党に反対された」とある。その当時世耕議員が提案したこと、その後彼が自民党の実力者になったことを考えると、世論の常時モニタリング態勢を作ったと考えてもおかしくない。

ネットやSNSを利用した世論モニタリングをとおして、政治家は政治言論空間の勢力は変わったと意識のアップデートをしていると考えるほうが良いだろう。

今回の学術会議の騒動で、批評家の東浩紀が、学者が思うほどには国民に信頼されていないとツイートしたが、それは、政治的言論空間をメディアと学者が支配し、有権者に影響を与え、政治家の当落を決定できた時代ではないことを言い表しているのではないか?

東が、「「マスコミとネットが騒げば勝つる」路線を批判したと投稿した。 マスメディアと学者は政治的言論空間を支配し、紙面やテレビ画面を使って民意を代表する時代が長く続いたので、マスコミと学者は騒げば勝てる(紙面やテレビ画面を独占できれば勝てる)と考えていると私はそのツイートから感じた。

つまりマスメディアと学者はまだ政治的言論空間を支配していると感じているのでは?と思った。

しかし、政治家は紙面以外の民意モニタリングシステムを作り上げ、そちらも参照し始めている。

学者やマスメディアがやらなければならないことは、政治的言論空間で有権者に影響を与え、政治家の当落に影響力を与える時代を再度と作ることだ。そのために有権者に支持されることが必要になる(有権者に政治家を落選してもらう必要があるため)。

学問の自由はとても大事だ。学者はとても真摯なので対立している相手も学問の自由に敬意を払っていると考えがちだ。しかしその考えは与党政治家が学問の自由を信奉しているなら有効だが彼らが当落しか気にしていないなら彼らには響かない。

学術会議が今発すべき言葉は「与党政治家よ。お前ら適当なコトしてると、全員落選させるぞ」であり、そのための努力をすべきだ。

参考書籍

内閣調査室秘録 戦後思想を動かした男

プロフェッショナル広報戦略

プロフェッショナル広報戦略

プロフェッショナル広報戦略

メディアと自民党

メディアと自民党 (角川新書)

メディアと自民党 (角川新書)

情報武装する政治

情報武装する政治

情報武装する政治

*1:https://www.amazon.co.jp/dp/B07VD4TPX6/

*2:もし現在内閣調査室が世論操作をするために誰を懐柔しようとするかはとてもおもしろい思考実験だ。

*3:プロフェッショナル広報戦略-毎朝6時30分出社で新聞11紙をチェックより

*4:メディアと自民党(角川新書)第五章 自民党のネット戦略より