民主党政権 失敗の検証

概要

民主党政権 失敗の検証という本がある。民主党政権はどのようなものであったかをまとめた本だ。個別の政策についての記述も興味深いが、船橋による最終章「改革政党であれ、政権担当能力を磨け」が最も面白かった。民主党は、組織運営が下手だった。政権を運営するためには、理論や枠組みではなく、「実務と細部」が大事だが、それへの理解も欠けていた。民主党は評論家になることには興味があったが、実務を回すことには興味が薄かった。立憲民主党は、実務への興味がある中間管理職をきちんと育てるべきである(そうしなければ政権をとってもまた負ける)。

民主党政権 失敗の検証

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民主党政権 失敗の検証という本がある。2009年9月から2012年12月までの民主党政権政権運営でどの様な失敗があったか?という話を民主党関係者のヒアリングなどを行いながらまとめたものだ。

目次

本書の目次は以下のようになっている。民主党が行った個別の政策を振り返り、最後に民主党のガバナンスについて論じている。

  • 民主党の歩みと3年3ヶ月の政権
  • マニュフェスト
  • 政治主導
  • 経済と財政
  • 外交・安保
  • 子ども手当
  • 政権・党運営
  • 選挙戦略
  • 改革政党であれ、政権担当能力を磨け

最も面白かったのは終章、 「改革政党であれ、政権担当能力を磨け」だ

サラリーマンとして最も面白かったのは、船橋洋一の書いた最終章、 「改革政党であれ、政権担当能力を磨け」である。

その章は、「求む、『中間管理職』」というサブタイトルで始まる。その中で、岸本周平はこのような見方を披露する。以下の文章はすべて前掲書からの引用である。

サラリーマンは10年くらい組織で働くと、中間管理職をやるわけですね。部下に突き上げられ、上司のこづかれ、中をとる。彼らは、上に対しても下に対しても期待値を下げるゲームをやるのが仕事。民主党にはそうした機能がなく、やたらに国民の期待値を高めてしまった。 (p268)

民主党政権では、このような形で、中間管理職になり汚れ仕事が出来る人が居なかった。

平田オリザはこの様に回顧する。

みんなが功名心に走って、あとは疑心暗鬼。政権交代から事業仕分けのころまで、蓮舫さんとか前原さんとかが、連日の様にワイドショーに出る。そうすると他の議員が、俺ももっとめだとうと、みんな思うわけですよ。一方で衰退期になると、民主党というのはその後退戦のしんがりを務めるヤツが誰もいなかったんです。 (p287 強調部著者)

目立つ場所には居たがるが、その後苦しくなった際に、しんがりを務めるヤツが誰も居ないと言うのは、組織として徹底的に駄目だ。中間管理職が居なかったり汚れ役を引き受けることが出来ないことと一緒で、苦しくなった時に、逃げ出さないとか、ちゃんと最後に責任を引き受けるということが出来ない組織(政党)は、中間管理職からは信頼されない。

船橋は次のように書く。

野党のときは、政権党の政策を批判していれば良かった。しかし与党となれば、物事を決めなければならない。その合意を作るには、先手・布石・根回し・交渉・妥協、そして経営が必要である。政党政治にとって何よりも必要なのは「妥協の政治文化」にほかならない。政権党としてまさにそれが求められていた。ところが、トロイカ鳩山由紀夫菅直人小沢一郎)も「中間管理職」もチルドレンも、上から下までそれが苦手だった。なかでもひどかったのが政党ガバナンスだ(後略) (p272)

また、次のような話を紹介する。p271

民主党の国会議員は政策を論じるのは、ことのほか熱心だった。政策オタクを自認する議員も多かった。平田オリザは、ある官邸政務が、「小沢チルドレンは、小泉チルドレンに較べて平均で、IQが20くらい高い」と言う発言を聞いている(だから政策論議は得意との意味だろう)。 しかし、(政策を論じるのは好きでも)、政策をどう実現するか、その優先順位はどうつけるか、財源をどう手当するか、それらの間のトレード・オフをどう解決するのか、その意決定プロセスをどう作るのか、という肝心は点は詰めないまま政権に入った。

結局評論家して政策を論じるのが好きなだけだった。野党ならそれでもかまわなかった。しかし政権与党になるなら、政策を論じるのではなく、トレード・オフを解決するとか、意思決定プロセスを作るといった、実装を行わなければならない。民主党の議員はそこに思いが至らなかった。 船橋は、重ねて次のように書く。

野党時代の政策は、「理論と枠組み」で済んだが、政権に入った以上、それは「実務と細部」でなければならない。民主党の政策制度設計は「細部」がおろそかだった。(中略)。真理は細部に宿る。それは経営においても統治においても変わらない。(p272)

船橋の書く最終章は、今読んでも味わい深い。民主党の後継組織である立憲民主党は、このような組織としての弱さを自覚しているだろうか?中間管理職になる議員を育てているだろうか?目立とうとするばかりではなく、しんがりを務める議員を育てているだろうか?評論家ではなく、ステークホルダー間の利害を調整する政治家を育てているだろうか?

今の立民を見ると全くその様に見えない。現在のアイデンティティポリティクス重視路線を見ても、しんがりを務める人が寄ってくるとは思えない1

船橋は重ねて、松本の言葉を引いて民主党の実務への無理解を指摘する。

法務については、「与党側(民主党)は国会上程のカレンダーを示さなきゃいけないのに、最初の段階で、カレンダーをきちっと書ける人が居なかった」ことが痛かった。「昔で言えば鉄道のダイヤを書くような職人を、自民党は育てている。うち(民主党)にはそれが居なかった」p281

この指摘のように、自民党はこの種の地味な実務を行う人(いわば職人)をきちんと育てている。上で書いたような「実務と細部」への目配りはこのようところに現れる。

立憲民主党は、政権担当能力を磨け

船橋は、最終章で、民主党のマネージメント能力の低さ、実務への理解の浅さを指摘した。それでも二大政党制による政権交代は必要だ。そのためには、民主党は政策だけではなく、政権担当能力が必要だと説く。

立憲民主党がやらなければならないことは、市民運動家ではなく、サラリーマン(中間管理職経験が豊富な人材)を組織に迎え入れることだ。「実務と細部」を軽視すれば、再度政権を取ったとしても、政権運営で失敗するだろう。

立憲民主党の関係者は、船橋の最終章をぜひ読んで頂きたいと思う。


  1. 活動家たちはそのような仕事がとても苦手だ。